お客様の心の声

腰が痛いと思ったの

「最近、胃の調子も悪いんです。舌に口内炎ができたり」私は、べ、と舌を出す。
「噛んだんじゃなくて?」先生は横向きになった私の腰を押している。
今日は腰が痛くて予約を入れた。お母さんもお姉ちゃんも通っていた整体院だった。私も結婚する前に数回来たことがあった。それでも三年ぶりの来院だ。

便秘の人(30代・女性)

「最近、胃の調子も悪いんです。舌に口内炎ができたり」私は、べ、と舌を出す。
「噛んだんじゃなくて?」先生は横向きになった私の腰を押している。
今日は腰が痛くて予約を入れた。お母さんもお姉ちゃんも通っていた整体院だった。私も結婚する前に数回来たことがあった。それでも三年ぶりの来院だ。
「もしかして、便秘?」
私はドキッとした。
「あ、わかります? もう四日も出てこないんです」
恥ずかしいけど先生に隠し事はできない。現に言わなかったのに、ばれてしまった。
なるほどね、と先生はつぶやいた。
「クリスマスくらいから一月半ばまで、食べろ食べろ月間だから内臓は忙しいんだよね。便秘になると腸が重たくなるから、内側から腰の筋肉引っ張るの。腸は浮いてるわけじゃないからね。早く出て行ってくれればいいんだけど、食べ過ぎて腸の仕事が多すぎて、仕事するの嫌になっちゃったんだ。だから内臓に休暇をやらなきゃいけない、という事なんだけど」先生は、うーん、と唸る。
内臓に休暇? なにそれ。聞いたことない。私は、えー、と笑った。
「あたし今ね、内臓に休みをあげてるの。朝と昼、抜いてるんだ」
私は眉をしかめた。それじゃ力も出ない。お腹も減るし。
先生は、そんなことないよ、と言う。
「そりゃ、お腹はグーグー鳴るけど、鳴るだけだもの。倒れもしない。夜は普通に食べてるし。お休みあげないとストライキが起きるから。便秘よ、便秘。永遠に夜しか食べない生活を続けるんじゃなくて、十日くらいやるの。そしたらまた普通に朝昼晩食べる。十日くらいって、やれるもんだよ」自分の身体使って人体実験してるんだから、そしてその結果は良好だ、と先生は胸を張った。
「大腸が元気に働いてるときは、便だって力まないで出るもの」
「私だってそんなに食べてません。朝なんてトースト半分とコーヒーだけだし」
「トースト半分なんて、食べたって結局お腹空くんだよ。だったら口に入れないで、内臓に仕事あげない方が良い。出内さんだって仕事休みの日に、朝ちょこっと仕事があるって、休んだ気、しないでしょ?」
「まぁそうですね」
「ちょっとしか食べてない、って言っても口から入ってくれば内臓は働くんだから。大福ひとつ食べて、大福の形のままトイレで見かける?私はトイレで大福を見かけたことはないなぁ。内臓が仕事してくれた証拠なんだよね。ちょこちょこ、お菓子食べてない?」
「お菓子大好き」
「ほら。例えば家事だってちょこちょこ大したことない仕事がずーっと続くじゃない。洗濯物洗濯機に入れて、洗剤入れて、回して、取り出して、干して、取り込んで、畳んで、タンスに入れて、って大したことじゃないんだけどずーっとやるでしょ。大したことないけど、疲れるわよ、ずーっとじゃ。さらには夕飯の仕込みも同時進行でやって、野菜出して、皮剥いて、刻んで、鍋に入れて、お皿出して。大したことじゃないよ。でもマルチタスク。内臓だって、消化して、吸収して、排出して、ってマルチタスク。人間だって夏休み・冬休みがなくちゃ、腐るでしょ。内臓だって、朝から晩まで働きっぱなし、それも年末年始は大忙し。ここらで休暇をあげないと、働かなくなる。それを病気、ってするのはいかがなものかと。休みをあげればまた元気に仕事するのよね。あたし自身もそうだし。冬休み取れなきゃ店閉めるね」
あー。私も結婚して実感した。家事って永遠に終わらない気がする。それも毎日毎日。やっていてくれた母に感謝する。たしかに母も母の日をとても喜んだ。それは私や姉が「お母さん、休んで」と言って家事を変わってあげたからだ。一年に一回だけど、それでも母は喜んだ。その後、一生懸命家事をしてくれる。それと同じか。一理ある。
どれ出内さんの内臓に聞いてみよう、仰向けになって、と指示が出された。
仰向けに寝た私のお腹を先生は両手でゆっくりと圧をかけた。大腸に沿って、お腹の右下から肋骨まであがり、お腹を横断するように押していく。左のお腹の下まで来ると波打つように、お腹をこねだした。それを数回繰り返す。
「出内さんの内臓はストライキ中です。これだけ外から刺激をしても、なんの音もたてない。しーん、って感じ。ごちょごちょって音を立ててくるものなんだけど、動く気配がない。過労だな、かわいそうに」
私は、えー、と言いながらも、確実に思い当たった。自分自身も食べ疲れていた。
「ちょっと内臓に休みあげてよ。休みもあげずに働かせる出内さんはブラック企業だよ。過労死させたいの? 栄養ドリンク飲ませて休みなし、みたいな。休みさえあれば栄養ドリンクなんていらないのよ。健康って引き算だと思う。みんな調子悪いと、あれ食べよう、サプリメントを、食物繊維を、ヨーグルトを、ってなっちゃうんだけど、お休みあげてよ、って思う」
先生は、食べることを止めるのは本人しかできないんだよ、と私を覗き込む。
ブラック企業。なんてクリエィティブな発想何だろう。そんな風に自分の身体を思ったことはなかった。内臓は社員たちで私が社長だとすると、ずいぶん酷い働かせ方をしたな、と思う。小さな仕事から大きな仕事まで、絶え間なく与え続けている。私だったらそんな会社で働きたくない。自分自身もそれで病気になって仕事を辞めた。一生懸命やればやるほど、仕事は増えた。ちょっと、お休みが欲しいと思った。それか。

 翌日、私の便秘は解消された。本当に腰の痛みも取れた。ウソみたいだった。でもまだ私は内臓に休暇をあげた訳ではなかった。きっとお腹を揉んでもらったのが効いたのだろう。食事の量を減らせばいいのかな?おやつはナッツくらいにしておけばいいのかな?よくわからない。相談に行ってみようと思った。でも整体の予約をいれないといけないかな?ほぐしてもらったばかりなのに、もう行くのももったいない気がする。どうしよう、どうしよう、と思っている内に三週間が経っていた。そしてまた腰が痛くなった。
やはり一度病院に行って来ようと思った。

「気にしないで電話くれればいいのに」先生は、もー、と眉間に皺を寄せた。
私は、えへへ、と照れ笑いを浮かべる。
「小さくても仕事は仕事だと言ったじゃないか。ナッツなんか食べたって、どうせお腹すくんだから、ピタッと止めてみなよ。とは言っても最初はなかなかできないもんなんだよね。頭がクラクラする気がしちゃうし。気だけなんだけど。酵素ドリンク、使ってみる?」
酵素ドリンク? ネットの広告で見た気がする。確か、高かったような。
「初めてやる時はあったほうが続けやすいと思う。これ飲むと痩せます、って言うんじゃないからね。食事と置き換える感じ。これを30㎖くらい飲んで食事終わり。500㎖のボトルだから朝・昼で八日分の食事かな。税込み五千八百円。高いと思うだろうけど、これで十六食分だからね。一食五百円でも八千円かかるんだから安いくらいなんだけど。痩せようと思ってやると食べちゃうよ。ちょっとならいいか、カロリー少ないからいいか、とか思って。でも内臓を休めるんだと思ってやると、結果的に痩せる」
私はまたドキッとした。来る前にお医者さんに行ってレントゲンを撮ったのだ。便秘になるのは腸に異常があるのかな、と思ったし。レントゲンには私のうんちが詰まっているのが映し出された。お医者さんは「ちょっと痩せてくださいね」と言っていた。私だって痩せれるものなら痩せたい。そんなに食べてるつもりもないのになぜ太るんだろうと思っていた。先生は私を覗き込む。
「腰が痛いのも便秘のせいだったでしょ?出内さんはブラック企業なのかい? 内臓にお休みあげてみてよ。今ファスティングって流行ってるんでしょ? この前テレビ見ててさ、食べる番組だったんだけど、三十代の役者さんがガンガン食べてるの。でも太ってないし、共演者に何かやってるの? って聞かれて、特に何もしてないけど時々ファスティングはやりますよってさらっと言ってて。共演者の人たちも驚いたりしないで、あぁそうなんだ、って普通に流してて。
おぉ、この世界では当たり前の事なんだなって思った。仕事でガンガン食べなきゃいけない人はどっかでファスティングいれないと身体の形が変わっちゃうもんね。あたしも一年に二回くらいはやろうと思ってる。夏休みと冬休みだよ。慣れてきたら春休みと秋休みもあげようかな。そのほうが効率よく仕事するんじゃない?」
私は、そんなー、と肩を落とす。そんなにいっぱい食べない時期を作るの? でも自分だったら春休みも秋休みも欲しい。勝手だな、あたし。先生は、あはは、と笑っている。
「やってごらんよ。一週間と思って。最初の二・三日は特に変化も無くて辛いけど、そこから排出作業に集中するから食べてないのにこんなに出るんだ、って驚くよ。でもピタッと食事止めちゃうと、必要な栄養素もあるから、それはうまくドリンク使って。夕飯食べてれば大丈夫っちゃ大丈夫なんだけどね。最初は不安になって食べちゃうの。
内臓に無駄な仕事上げなくなると、脂肪も離れていくんだよ。脂肪って余計な物じゃないの。エネルギー源なの。負担の高いところに寄っていくから、負担をかけなければ取れるんだよ」
やってみぃー、と言って先生は身体を横に傾けた。それに合わせて、私は首を傾けた。
なんだろう。いっぱい教えてくれたけど、私にはよくわからなかった。
多分先生は四十代だと思う。ガリガリでも肥満でもなく、丁度いい体形だ。丁度良いところで止まってていいな、って思う。
私は、あーあ、と目を閉じた。食べちゃダメなのかぁ。
「一生コンニャク生活かぁ」ガクリと力が抜ける。
だから! 痩せようと思うな! 内臓に休暇を! と先生は叫んでいた。