お客様の心の声

両股関節も手術した、膝も手術するわ

だましだましもこれまでか。
私はベッドに腰をかけて、深くうなだれた。この日が来ることを考えなかったわけじゃない。それでも頭が真っ白になる。そこから先を考えることができない。
脚が痛くて、立っていられなかった。

中華料理屋の女主人(70代・自営業)

だましだましもこれまでか。
私はベッドに腰をかけて、深くうなだれた。この日が来ることを考えなかったわけじゃない。それでも頭が真っ白になる。そこから先を考えることができない。
脚が痛くて、立っていられなかった。
小さく息がこぼれる。あたしはため息なんてつく性分じゃないのよ、と強がっても、どうしようもない。事実は事実で受け止めなくてはならない。
何のために股関節の手術をしたのよ。それも両方も。でも、それをしなければもっと早く立っていられなくなっていたんだろう。充分、延命できたことはわかってる。
でも、まだ。
私の瞼がゆっくりと閉じていく。
まだ、店に立っていたい。これだけは絶対に譲れない。這ってでも、私は店に立っていなくてはならない。
十年前に左股関節に違和感を覚えた。立っても歩いても痛みが走る。店も忙しかったし、筋肉痛かしら、まぁ、六十も超えたし歳もあるわね、くらいにしか思っていなかった。徐々につまずくようになった。元々運動神経は良い方だったので、つまずいてもうまくバランスを取って、転がるようなことはなかった。それでも次第に足を引きずるようになった。
私の店は中華街にあり、親の代からの中華料理屋だ。私も店に立って五十年以上になる。両親と共に姉と弟と、がむしゃらにお店を盛り上げて来た。私は主にホールに立ち、お客さんの接待を得意としていた。人づてに噂を聞いてうちの自慢のシウマイを買いに来る人もいる。お得意さんの分だけで売り切れだった日に京都から来た人が訪ねてきたことがあった。売り切れですと断ると、その人はとてもがっかりした様子で店を出て行った。
「何とかしてみるから、持って行ってよ」
私は彼の後姿を追いかけて、叫んだ。店から二百メートルも進んでいただろうか。迷っている最中に、身体が動いた。それではお得意さんの分がなくなってしまうだろう、と彼は気にしたが、電話をかけて受け取る時間をずらしてもらえば何とかなる。後は調理場の迅速さにかけた。その日からの付き合いで私は京都に足を運ぶようになった。彼は京都の料亭の主人だったのだ。お互い食材や調味料のことなど情報交換をし、向こうでしか手に入らない京野菜、こっちでしか手に入らない中華食材が行き来を始めた。気が付けば、そういう相手は全国各地にできた。彼らはうちのシウマイに唸り、私たちは相手の食材に唸る。店のみんなでメニューの改善を図り、著名人や官僚、企業の社長もやって来るようになった。二階の宴会部屋が連日埋まっていく。適当な接待では済まない。宴会の進行がスムーズに進むように、配膳を考えていく。話のタイミングを見計らって、引き戸を開け閉めする。多少は話を振られることもあるので、バカではいられない。新聞、ニュース、芸能、政治、経済、なんでも一通りは頭に入れ、自分の意見もはっきりさせておく。
「シュウちゃんは目配り気配りがあるからな。誰を連れて来ても安心なんだよ」
そう言われると嬉しかった。もちろん料理の味があってこそだが、お客さんは店の人の対応もよく見ている。私はペコペコと頭を下げる方ではなかった。この店が気に入らないのなら、帰ってもらって結構だ、という態度もとる。でもそれは、外で並んでいるお客さんに気が付きながらも空いたお皿を前に、いつまでもお喋りしているような人には、だ。もしくは、シウマイとビール、という居酒屋扱いをする客には、だった。そういう客を追い出してこそ、良いお客さんが付いた。店には店のルールがある。私は毅然と店に立ち続けた。一日の大半は店で過ごした。飲食店なんて朝から晩まで、が当たり前だ。苦に思ったことなどなかった。自宅は寝に帰るだけで、店こそが私の居場所だった。親も姉弟もここに居る。常連さんたちも私の家族同然だった。
それでも、どんなに懸命に、真面目にやってきたとしても、時間は過ぎていく。
姉が嫁ぎ、店を離れた。母が死んだ。弟も結婚して嫁さんが入ってきた。父も死んだ。嫁さんは、こんな生活やってられない、と弟と別居を始めた。弟が病に倒れた。私は店に立ち続けた。お客さんの顔ぶれも変わっていった。親に連れられてきていた子供が成人していく。その子がその子の子供を連れてくる。贔屓にしてくれていた会社の社長が亡くなる。官僚が失脚していく。野球選手がやって来るようになった。スタジアムにシウマイを届けに行った。歌舞伎座の楽屋に届け物もした。この店は各界で評判を有する中華料理屋になっていた。目まぐるしいほど時は過ぎていく。お客さんの声援を背に、私は店に立ち続けた。
左の股関節の術後一年が経った頃だった。右の股関節も手術することになった。左が案外簡単に済んで、早くやればよかったと思っていたから、私は何の躊躇もなく踏み切った。私は店に立ち続けなくてはならない。動き回れなくなっては困る。外回りの仕事だってある。お得意さんに挨拶に歩かなくてはならない。こればかりは従業員に変わってもらうわけにいかない。執刀医もいつも店にやってくる常連さんだった。気心も知れている。
「ぼくが治してあげるよ。大丈夫。シュウちゃんには元気でお店に居て欲しいからね」
心強かった。自分と同年代の医者は部長クラスになっていた。私は店に立っていたい。
弟も死んだ。それでもこの店には、味、が残っている。みんなで作って、決めて来た、味、だ。
右股関節の手術が終わった。
先に入院していた人が、あの人もう一度手術だって、と話している。
「ほら、向こうのベッドに居た彼女、リハビリで転んで、股関節外れちゃったんだって」
私は耳を疑った。本当に外れることがあるのか。もちろん左の股関節を手術した後、注意は言われていた。
「無理な運動や、大きく股を開いたりなどは極力しないでください。できないわけではありませんが、万が一と言う事もありますので」
退院するのが怖くなった。転んだら、外れてしまうかもしれないのか。
私は意識して歩くようになった。なるべく蟹股にならないように、膝を内側に向けるようになった。大股にならないように、走ることもしなくなった。歩幅も小さくした。
そして体重が増えて行った。腰が痛くなってくる。定期的に受けている人間ドックでは「もう少し体重を減らしてください」と言われる。
運動なんてできないのよ、私、両股関節手術してるんだから、そんな言葉が喉から出かかる。うちは料理屋なんだから、味見もしなきゃならないのよ。食事制限なんてできない。
「リハビリしてくださいね。筋力をつけないと歩けなくなりますよ」
そんなことは、わかってる。でも店があるのよ。夜帰ったら、化粧を落として寝ることしかできないの。近所の人はジムに通ったりしているけど、私にはそんな時間はない。そんな時間があったらお得意さんに電話をかけて挨拶をするわ。付き合いであっちこっちに顔も出してこなきゃいけないのよ。手術をしたんだから、悪くなるはずないのよね?
姉の娘夫婦が実家の隣に住むことになった。身の回りの世話は姪が手伝ってくれるようになった。私は店に立ち続ける。姪も子供が三人いる。姉が姪夫婦と暮らすために戻ってきた。店も手伝ってくれた。その姉が調理場で倒れた。もう店には出てこない。姪も母親と子供の世話で手いっぱいだ。私は店に立ち続ける。
右股関節の手術の入院中、店を従業員だけに任せた。我が物顔で店を仕切られた。
「やっぱりお前が居ないと、店、潰れるぞ」
お得意さんがそっと耳打ちする。
お客さんを、オネーサン、オニーサンと呼び、身体をベタベタ触る、どこかのクラブのような接客をする従業員をクビにした。足が攣る。背中が張る。介護認定を受けてヘルパーさんに入ってもらう事になった。訪問リハビリを週に一度お願いすることになった。
「どうしたんだよ、シュウちゃん、具合悪いのか?最近見かけないから」
「やっぱりシュウちゃんいないと。焦げたチャーハンだしてたぞ」
常連さんが耳打ちしてくる。
調理場からも目が離せない。オーダー違いの料理がカウンターに置かれる。やり直しさせる。今度は焦げてだしてくる。こんなものお客さんに出せない。やり直しさせる。調理場との阿吽の呼吸が取れない。やらせたシウマイの包装が雑だ。自分でやり直す。どんぶりに親指を入れて運ぶんじゃないよ。ほらそっちのテーブル、水注いで。自分が動き回れなくても目だけはキョロキョロ動く。二階に宴会が入れば次の日は足腰が立たなくなった。
手術をしたのに。両方共したのに。もう歳なのか。
「人工関節の寿命は十五年と言われていますが、それも人によって変わります。摩耗が激しければ耐久年数は短くなりますし」と言った医者のすました顔が脳裏に浮かぶ。
私はそれでも店に立ち続けた。
脚が痛い、脚が痛いと眉をしかめる私に、姪が思いつめた顔で言った。
「叔母ちゃん、私が通っている整体の先生に来てもらおうよ。女の先生だからさ」
姪は私の性格を良くわかっている。口うるさくてめんどくさい私に良く付き合ってくれたと思う。買い物も、店を指定し、商品を指定する私の言う事を聞いてくれる。それでも、
もう限界だ、と顔に書いてあった。姪に毎日脚を摩ってもらうわけには、いかない。
姪にも姪の生活がある。この子に頼ってばかりも、愚痴をこぼしてばかりもいられない。じゃぁ一度、会ってみるわ、と言って連れて来てもらう事になった。

「股関節は両方とも手術しているから、そこは押したり引っ張ったりしないで。腰も手術するかどうか迷ってるから、そこも変な風に押さないで」
私は強い口調でマッサージの彼女に言った。はい、と言うと横向きにベッドに寝た私の背中をさすり、肩、腰、お尻は避けて、脚へともみほぐしていく。三十代後半くらいかしら。姪より少し下に見える。余計なことはしゃべらず、黙々と作業をしていく。はい、反対向きになってください、と言って左半身も同様にほぐしていく。脚が軽くなる。
ふうん、まぁ、いいじゃない。やっぱり血行が悪かったのか。湯船につかる回数を増やそう。温めればいいのよね。知ってるわ、そんなこと。これで店に立っていられる。
私は店の定休日の午前中に彼女を呼ぶことにした。

ヘルパーさんに足を洗ってもらっているところだった。マッサージの彼女を、定休日以外に呼んだ日だった。昨日は二階に宴会が入っていて、腰を痛めた。座敷に料理を運ぶのが辛くなってくるなんて、めまいのする思いだった。
「薬を付けてもらうから、ちょっと待ってて」と言うと、彼女は大人しくヘルパーさんの隣にしゃがんだ。乾燥からか、私の足は痒くなる。痒み止めと血行促進のクリームをつけてもらっている。マッサージの彼女は私の足先を見て、あ、と声を出した。
「外反母趾じゃないですか」
私の右足の親指は変形し、人差し指に乗り上げる形をしていた。私は肩をすくめた。ここの手術をしろ、って言うかしら。めんどくさいなぁと思いながら返事をした。
「あぁ、若いころよく細いヒールの靴も履いたしね。今じゃズックばかりだけど」
私は彼女のマッサージを受けるときには靴下を履いている。脚が冷えるからだ。さらには親指と人差し指の間にシリコンのパットをはめていた。彼女は初めて私の生の足を見たことになる。別に恥ずかしくはない。この歳になれば、みんなこんなものよ。
「足の指先まで手が届かないのよ。薬もヘルパーさんに塗ってもらわないと駄目なんてねぇ。情けないわね」と言うと、いえいえ、それでは、とヘルパーは下がって行った。
私のお腹は前に突き出し、かがむこともできない。もちろん、マッサージを受けるときも、うつ伏せにはならなかった。無理にかがめは腰が痛くなり、股関節が外れてしまわないか不安になる。マッサージの彼女は力なくほほ笑んだ。
「シュウさん、足の指、グー、パーってできますか?」
それくらい、できるわよ。私は指先に力を入れた。あれ。あまり力が入らない。普段あまり動かさない部分ではあるけど、少し力を入れると足がつりそうになる。
攣りそうになりますか?とマッサージの彼女は私の顔を覗き込んだ。
「股関節手術してから運動もできないしね。でも指先は痛くもなんともないから」
私は話もそこそこに、ベッドに横になる。それよりも腰が痛いのよ。そっち何とかしてよ、明日も宴会入ってるから、と言うとマッサージの彼女は肩をすくめた。
そしていつもよりも多く、脚をほぐして帰って行った。
ほぐしてもらえば翌日の仕事は楽だった。やっぱり血行が悪かったのね。マッサージって血行を良くするためにやるんだものね。内科の先生に言えば血液サラサラの薬を出してもらえる。そっちでもいいって事よね。でもあれを飲むと小さな傷口でも血が止まらないのではないかと不安になる。切り傷にも注意をしなくてはならない。
まったく、いつから私はこんな身体になったのかしら。健康だけが取り柄なのに。
それでも脚が痛くては仕事にならない。私は薬も飲み始めた。また一つ薬が増えた。血圧を下げる薬、コレステロール値を下げる薬、むくみを取る薬、痛みを止める薬、骨を丈夫にする薬、血液をサラサラにする薬。お医者さんが確認して出してくれているものだ。身体に悪いわけがない。私はひとまとめにして、のどに落とし込むように水をあおった。これでいい。今日も宴会が入っているんだから。私は店に立たなくてはならない。

週に一度やってくるマッサージの彼女は、多くはしゃべらない代わりに相づちが上手かった。私はいつの間にかその週の出来事を彼女に話している。調理場に居る古株のコックと言い合いになった日があった。彼は私の父だけが自分にとって社長であって、私の事は社長だと認めないと言い張った。自分が料理を作っているからこの店は存続しているのだ、俺が辞めたらこの店は潰れるんだ、と。私は腹が立って腹が立ってしょうがなかった。ホールと調理場は一心同体ではないか。女将が居て板長がいる、双頭だということがなぜわからないのか。でも実際、辞められてしまえば店は回らない。私は味はわかっても調理はできない。でも同様に私がお店をたたみます、と言ったら彼はどこで働くと言うのか。もう転職できる歳ではないし、ここでやりたい放題が身に染みついている。他で務まるとは思えない。彼がいなければ調理場が回らないのと同様に、私がいなければ表が回らないことが何故わからないのか。私のイライラは止まらない。
「なるほど。背中の張りが強いわけだ」
マッサージの彼女はつぶやいた。
「え?やっぱり身体に出てる?」
彼女は、そりゃ出ますよ、とうなずいている。
身体に出るほど私は腹を立てたのか。この背中の痛みがあいつのせいだと思うとさらに怒りは増した。
「まぁまぁ。相手だってわかっているはずですよ。シュウさんあってのお店だという事は。私ですらわかるのですから」
マッサージの彼女は、私についた火力調節のつまみをひねるように、怒りの炎を小さくしていく。私だってもめたいわけではない。みんなで一つになって店を守っていきたいだけなのに。それでも私以外はみな従業員だった。以前であれば家族の方が多かったのに。
マッサージの彼女は仰向けになった私の股関節を回し、膝を屈伸し、足首の回転を診ている。私をベッドに座らせると、右肩に手を伸ばした。自分の腿に私の右腕を乗せ、三角筋を掴む。
「杖を使っているの?」不意に彼女は私に訊ねた。
「あぁ、自宅からお店までね。わかる?」
「右肩だけ力が抜けないからね」そっかぁ、と呟く。
私は家の中では杖は使わない。膝を伸ばし、踵で歩けば移動ができる。店でもそうだ。しかし自宅から店までは歩道から車道に降りて道を渡り、また歩道に乗る。違法駐輪の自転車がきれいに整列されていることはない。観光客はキョロキョロとよそ見し、平気でぶつかる。たかが五分の距離、今の私には十分の距離でも、杖なしでは心もとなかった。それでも杖なしで歩けない訳じゃない。万が一を思って持っていただけだったのに、私の肩に記録が残るほど頼っていたというわけか。
「なるべく足の指に体重のせて歩いて欲しいんだけど、できそう?」
マッサージの彼女は私の前に回り込み、膝をついた。靴下を脱がせてくれている。
ヘルパーさんは事業所の都合でクルクル変わった。湿布を張ったり足の爪を切ったりしてくれる人もいれば、それは仕事の範囲外なので、と断る人もいる。そんな時はマッサージの彼女が代わりにやってくれることになっていた。彼女は私の脚の指先を自分の手で丸め、こんな感じにできる?と聞いている。
「できなくもないけど」
私は足先に力を込めた。こちょこちょと指が動く。
「なるべく指先使ってね。私はほぐすことはできても筋肉をつけてあげることはできないから。ちょっとだけ膝を上げて歩ける?」
「膝を上げると股関節が外れそうで怖いのよ」
私はぷぃっと横を向いた。その怖さは手術をした人にしかわからない。誰に何と言われようと私は膝を上げて歩くことはしない。彼女は、そっかぁ、と呟いた。

「マッサージの彼女に電話して! 空いてる時間聞いてちょうだい!」
私は従業員に向かって怒鳴った。何度も言ってあるのに、私の前を急に横切ったのだ。私は反射的に止まり、結果として要らぬ力を全身にかけた。転んではいけない、というのが常に頭の中にある。普通の人ならぶつかった、ごめんね、で済むかもしれない。私はぶつかられれば、転ぶしかない。転んだら股関節が外れてしまうかもしれない。そうならないように、体中に緊張が走る。そして腰に痛みが走った。
やってきた彼女は、どれどれ、とベッドに横になった私の背中をさする。
「まったく頭にくる。どうしてうちの連中は言ってもわからないのかしら」
眉間に皺が寄った。私が両股関節を手術して、店に立っている事がわからないのか。
「わからないよ。シュウさん、絶妙なバランス感覚だもの。若いころ、運動神経良かったでしょ」彼女は、これ、腰じゃないな、腿だね、と言って位置を変える。
「走るのは早かったわね。いつも一番よ。細かったけどなぜか早かったのよ。今じゃ見る影もないけど」
私は十代の頃を思い出した。球技大会のようなものがあれば、どこにでも引っ張りだこだった。どれか一つに絞ってスポーツをした覚えはないが、満遍なくできていたと思う。
店の休暇の時には海にスキーにと動き回った。店のみんなで行っていた旅行だ。そのみんなの顔を思い浮かべると涙が出てくる。みんな、もういない。
マッサージの彼女は、やっぱりね、と言うとお尻の筋肉を押す。痛い。股関節は触らないで、と言いかけて彼女が遮った。「股関節は押してないんだけど、股関節の周りの筋肉の力が抜けてないの。このままだと脚、痺れ出るでしょ」
私はぐっと、黙った。痺れは時々出ていた。横向きで寝ると下側になった脚が痺れた。仰向けで寝ると腰が痛い。私は熟睡ができなくなっていた。黙っていたはずなのに、彼女は知っていたと言うのか。多少の痛みや痺れは我慢する。マッサージの途中でも、私は彼女の手を止めるようなことは言わなかった。
一通り私の緊張を解き、ベッドに腰を掛けさせると彼女は言った。
「この状態で、転ばずにいれる人って一握りだよ。他の人に、わかるわけない」

バカコックが漂白剤を入れたボールを棚に上げていて、それが落ちた。私はすんでのところでかわした。油が落ちた床を踏んで滑った。突然後ろから声を掛けられた。他の人には想像もつかない危険が私の周りには沢山あった。そのたびにマッサージの彼女は緊急出動し、私を歩ける状態に戻した。戻るのならばそれでいいと思った。
それでも何の原因も思い当たらないのに、脚が痛くなるようになった。昨日は忙しかったからとか、理由が欲しい。思い当たるとすれば、体重が重いことくらいだ。それはどの医者にも言われている。それ以外の理由が欲しい。彼女を呼んでなぜ痛いのか聞いてみた。
「絶妙なバランスで立ち歩いているんだけど、そのバランスは本来悪い位置だから。もう少し重心を前にして指に体重を乗せないと。ずいぶん踵寄りだからね。膝も伸ばして歩いているし。でも、このバランス変えると転ぶと思う。転ぶと股関節が心配でしょ?骨折することも考えられるし」
私には何を言っているのかわからなかった。指に体重を乗せたら、つんのめってしまう。
「それに、これは無意識でやることだから。膝をつっかえ棒みたいにして立っていると、膝関節に負担がかかるんだよね。でも指に力がないと、つっかえ棒なしじゃ立てない。
グーパー、やってる?」
彼女は私を覗き込んだ。やっているわけがない。
「帰ってきて化粧を落としたら寝込んじゃうのよ。そんなことやってる暇ないわ」
私はブスっとする。だよね、と彼女は言うと鞄からがさごそと何かを取り出した。
「試しに試着用持ってきてみた。シュウさん締め付けるのダメだから、嫌がることは承知で」
彼女の手には変な靴下が乗せられている。ちょっといい?と言って私の足にはめている。
「親指と小指は離れていたいんだけど、シュウさんは五本とも一塊なんだよね。この靴下は親指と小指、あとは残りの三本って感じに別れさせるものなの。親指と小指が離れてないと体重を指先に乗せれないんだ。足の甲の所にアーチを作るテーピング加工もしてあるんだけど、ここが嫌だろうなぁ。でもアーチが無きゃ歩行時の衝撃が吸収無害化できない。外反母趾って親指の握力が無いとなるんだよね」
何を言っているのかわからない。私は聞き流した。
私は圧の高い靴下は嫌いだった。痒くなるのだ。彼女の持ってきたそれは、踝までの丈で着圧ソックスとは違うものだった。それでも足の甲を締め付ける。
「一回履いたくらいで変わるもんでもないんだけど、三ヶ月くらい続けて履いて欲しいの。ちょっと、立てる?」
彼女は私の手を取って立たせた。安定するという感じもない。ただ苦しいだけだ。
「あたしダメなのよ。痒くなっちゃうから。着る物なんかも何でも着れる訳じゃないの。布地でかぶれるんだから。困った肌よね。せっかく持ってきてもらったのに悪いけど」
私はドスンとベッドに腰を下ろした。マッサージの彼女は、そっか、と言って目を流した。できないものはできない。はっきりと断るのも礼儀だと私は思っている。
その後も彼女は折りを見て色々なものを持ってきた。ちょっとテーピングを巻いてみよう、どうかな?と確認する。湿布だってかぶれることがあるのに、無理無理、と断った。膝が腫れた時には「固定をしないと治癒力が発揮できない」とマジックテープで強く締める膝サポーターを持ってきた。彼女の気遣いはありがたいと思うけど、整形外科にも通っている。膝の水を抜きに行ったときに、固定をしないで欲しい、と睨まれた。その医者は店の常連でもある。どちらの言う事を聞かなくてはいけないかは、歴然だった。
これでも遠赤外線のレッグウォーマーは付けている。脚を冷やさないように、締め付けないように、かぶれないように、選んだつもりだ。温めれば、血行は良くなるんでしょ?
マッサージの彼女は「どれが良いとか悪いとかじゃなくて、シュウさんの生活と性格に合ったことをしていくのが良いと思うの」と言って、私が散々断っても嫌な顔しなかった。
色々考えて言ってくれているのはわかる。でも医者の言う事を聞かなかったら、もう診てもらえないんじゃないかと不安になる。この子は、呼べば来るから。医者にはこっちから頭を下げて、行かなくてはならない。

そして今、脚が痛くて立っていられなかった。
先日、同級生の法事にでかけた。友人と待ち合わせて行くことになっていた。一人であれば、玄関の前にタクシーをつけて現地まで行けたのに、と苦虫をかみしめる。待ち合わせは友人の家の前だった。弟が車を出してくれるから、ちょっと待ってて、と玄関の外で待たされた。どこにも捕まるところがない場所で、立ち尽くしていなければならなかった。友人からしたら、ほんのちょっとの時間だと思ったのだろう。たった十分がこんなにつらいなんて。私は壁に寄り掛かるようにしてやり過ごした。膝は突っ張り、脚が冷たくなってくる。やっとの思いで車に乗り込んだ時に、しまった、と思った。タクシーとは違い、後部座席の入り口が狭い。しかたなく上半身をかがませ、膝を上げて乗り込む。私は私にとって、無理な体勢を取ってしまった。たかがそれくらいのこと。誰に言ってもわからない。大げさな、と言われるかもしれない。大げさに言っているつもりはなかった。私自身もそれが理由だとは考えたくなかった。
翌日は股関節の術後診察の日だった。そこでつい、口からこぼれた。脚が痛くて、立っていられなかった、と。
「腰はやっても痛みが取れるとは限りません。膝、手術しましょうか」
手術を望んだわけではなかった。でも医者が言うのなら、それしかないのだろう。
私は力なく、うなずいていた。
その場で手術の日取りが決まっていく。なかなか混んでいるようで二か月後となった。
結構みんな、膝の手術するのね、と少し安心した。それにしてもまた店を休まなくてはならない。今度は私だけでなく、休業とするか、と頭をよぎる。
そんなことではない。
手術をしたらまた店に立てるのか。それを医者に聞くことが、私にはできなかった。

「どこを何してどうするか、言ってた?」
マッサージの彼女は目に力を入れて、私に聞いた。
「知らないわよそんなの。とにかく手術することになったの」
「今日からその日まで二ヶ月ありますが、その間はどうすると?」
「来月、細かい話があるみたいだから」
「来月のその日まで、どうすると?」
「別に何も言ってなかった」
私はブスっとした顔を横に向けた。
もうダメなのか。だましだましもこれまでか。店をたたむ日が来たのか。でも、店の味は私が居なくても作れる。それを楽しみにしてくれるお客さんが待ってる。店をつぶすことはできない。出て行った弟の嫁に任せればいいのか。でもそれだけはしたくなかった。
「姉ちゃんが嫁にも行かず守ってくれた店だ。あいつには渡すな。ぜったいに」
弟が残していった言葉が蘇る。私だってそうしたい。そうしてきた。だけどもう、立っていられない。姪の子供たちも店を手伝ってくれるようになった。それでも彼らも就職が決まれば、もう店を手伝ってもいられなくなる。あぁ、京都の彼に電話をしなくちゃ。先日大旦那さんが亡くなったのに、葬儀にも駆け付けれなかった。不義理はいけないと思うのに脚が動かない。せめてシウマイを送ろう。来週は歌舞伎の観劇に行かなくてはいけない。いつも足を運んで食べに来てくれる彼の舞台を観に行かないなんて、ありえない。こうしてお付き合いが続いていたのに。それすらできないのか。
私の中で鬱々と様々な情景が浮かんで消える。マッサージの彼女は黙々と足をほぐしている。「明日も来ておきたいんだけど、夕方時間取れる?」と聞かれて私は藁にも縋る思いでうなずいた。

二日連続のマッサージのお陰か、翌朝は思ったよりも身体が軽かった。痛かった脚もなんとか動いて、立ち歩ける。ほっと胸をなでおろした。もうだめかと思ったけど、そんなことないのね。疲れが出ていただけなのよ。私らしくもない。あんなに落ち込むなんて。大丈夫よ。温めて血行が良くなれば、また立っていられる。
携帯が鳴った。身支度の手伝いに来てくれていた従業員が手渡してくれる。
「調子どうなった?今時間ある?」
マッサージの彼女からだった。珍しい。向こうから電話をかけて来るなんて。心配してくれたのね。おかげさまで歩けそうだ、と伝えると、今ちょっと行っていい?と言ってくる。私は従業員に、店に出る時間遅れるからそれまでみんなでやっといて、と指示を出す。十分もしないでマッサージの彼女は私の部屋にやってきた。
「嫌がるの承知で持ってきたんだけど。さらし、膝に撒いてみない? 骨をつっかえ棒代わりに立ってるから膝が限界を迎えたんだけど、腿の上の方から踝までさらしで巻いて固定すると、それがつっかえ棒代わりになって、膝関節が休まるんだ。休めてあげないと修復できないの。壊しながら修復するって大変じゃん」
彼女は、どうかな、と私を伺った。
私は締め付けるのは嫌いだった。痒みが出ては仕事どころではなくなる。医者にも固定はしないでくれと言われているのだ。あと二ヶ月待てば手術が受けられる。そうすればまた立っていられるんだから。
私は首を振った。彼女は、そっか、と呟くと、ニッと口を横に引いた。
「どこをどう手術してその後どうなるのか、医者には医者の考えがあると思ってる。それを否定する気はないし、彼らも一生懸命やると思う。説明は来月あるんだろうけど、じゃぁそれまでどうする?っていうところを考えようよ。多くの人はベッドにあがっちゃって自宅療養、ってするんだろうけど、シュウさんの自宅は店じゃないか。ここは眠る部屋であって、シュウさんの生活は、人生は店にあるんだもん。あたし、小まめに電話かけることにするよ。うるさいだろうけど、いい?」
マッサージの彼女は手に取ったさらしを紙袋に戻した。
「みんな同じ治し方なんて有り得ないからさ。同じ生活なんてないし、同じ人生なんてない。お店閉めて、身体大事にして、出歩かないで、ってしたら長生きするのかもしれないけど、シュウさんはそんな人生望んでないじゃない。どんなに身体が辛くても、お店に立っていたいでしょ? それを他の人が見て、異常だ、バカだ、家で寝てろ、とか言ったとしても、それはその人の価値観だもの。
あたしからすれば、足の指にテーピング撒いて、三本指靴下履いて、身体の重心を前に持ってきて、膝にさらし撒いて固定して、骨盤にバンド巻いて欲しいし、その生活を二年くらい続けてみて欲しいところだけど、これもあたしの価値観。だってその間痒みも出るだろうし、今までのバランスに慣れ過ぎてるから、変更したらついてこれない筋肉も出てくる。そうすると転ぶからね。それで骨折、とかなるとまた別問題だし。手術をする仕事をしている人からすれば、手術が最善だって言うだろうけど、それも医者の価値観。どれを選ぶかは本人がすること。私はシュウさんが選んだ道を全力でサポートするよ」
マッサージの彼女が、珍しくいっぱい喋っている。
私の目は泳いだ。
私は彼女が何を言っているのかわからなかった。ただ、無理強いはしないのだろうなと思った。自分が持ってきたさらしを巻かないなら、もう来ない、とは言わないようだ。
「さて、来月の診察の日まで一ヶ月。お店にも立ちながらその日を待つのだけど、近々のご予定は?」
「明日は税理士の先生が来て打ち合わせがあるのよ。ほら給料日前だから。定休日は、ちょっと、出かけないと」
歌舞伎座まで行ってこなくてはならない。玄関の前までタクシーを付けて、そのまま向こうの前で降ろしてもらえばいい。席は通路側を用意してくれている。もう電車に乗って行くのは無理だった。身の回りの世話をしてくれる従業員にも同行を頼んである。姪に知られたら止められる。夕方には部屋に戻って澄ました顔をしていなくてはならない。いつもだったら観劇後、美容院にも行ってくるのに。
「了解。歌舞伎座は行きなよ。タクシーでドアツードアならありだよ。でも帰ってきて、脚が痛かったら連絡くれる?」
「観劇後、付いてきてくれた従業員にお茶でもご馳走しないと悪いじゃない。帰ってくる時間が決められないのよ。夜には居るつもりだけど、あなたの営業時間外になっちゃうから」
そんな遠慮要らないんだけどね、と彼女は眉をひょっと上げる。
「じゃ翌朝は?時間ある?」
「翌日は朝から税理士が給料持ってくるから、時間取れないのよ」
「じゃ、夕方。ランチ営業が終わって、夜の営業までの間は?」
「ヘルパーさんが来るから、その時間は自宅にいないといけないから、居るけど」
「じゃ、その時間で。それまで頑張って。ちょこちょこでもほぐし進めて行こうよ。三十分でもいいし、十五分でもいい」
「でもそれじゃ、あなたの負担になるじゃない」
彼女の店から十分で来れたとしても、往復の時間はかかる。十五分やったって彼女の売り上げを考えれば一時間はやらないと合わないだろう。
彼女はピッと手を伸ばして私を制した。
「いつもこんなことやるわけじゃない。もう、緊急事態です」
私は言葉に詰まった。
緊急、事態なの? でも医者は一月ヶ後だと言った。緊急事態のまま、一ヶ月。店を閉めて一ヶ月待て、という事だったの?
「押しかけるつもりはないよ。シュウさんにも都合があるし、お金もかかる話だから。調子のいい時は要らないんだし。こっちも他のお客さん診てるときは動けない。だから、確認の電話をいれます。小まめに。うるさいと思うよ。でも、まず一ヶ月、診察の日まで繋がないと。救急車で運ばれるのは嫌じゃない。そんなことになったらお店は急遽休業だよ。宴会の予約もキャンセルしてもらわなきゃいけなくなる。
お互いの都合を合わせて、できることをやって行こう。お店に立ち続けて行くために」
彼女は、柔らかい瞳で私を見つめた。
「膝の外側の上の方、腿の部分ね。なるべくここ、さすっておいて。力が抜けなくなってるから。あと、足の指のグーパーも。ちょっとでも足の裏の筋肉がついてくるから。そうしたらちょっとずつでも身体のバランス、平衡感覚が変わってくる。身体のバランスを取るって、シュウさんにしかできないんだからね」
私は小刻みに頷いた。
足の指を、グー、パー、としてみる。これで血行が良くなるのよね。
「わかった、やっておくわ」
「一ヶ月で筋肉がついて何もかも変わるって事じゃないんだけど、身体の土台を補強するに越したことはない。手術が終わったって必要なことなんだけどこれ、医者もリハビリ師も診ないから。膝しか診ないからね。指の握力付いたら一ヶ月後には膝の痛み、今ほどじゃなくなって、手術しなくていいかな、とか思うかもよ。選択肢が広がるじゃん。千里の道も一歩から、だもんね。そしてその道は分岐している。舗装されて、広くて、みんなが歩いている道が正解とは限らないし」
え?
私は彼女を見上げた。膝が痛ければ膝を手術するのは当たり前じゃない。医者は手術をしたところを診る。そいうものでしょ? 指の握力?
私は足の指を、グー、パー、と動かした。ほとんど動かない。
私は血行が良くなるためにやる事だと思っていた。動かないから血行が悪いんだと思っていた。動かない物を動かすことなどできない。
運動をしろ、リハビリをしろ、痩せろ、そんなことはさんざん言われてきた。でもできるわけがないじゃない。両股関節を手術したんだから。私は血行を良くするために、湯船に浸かって身体を温めたりしてきた。自分のできる努力はしたつもりだ。湯船に入るのだって大変なのに。夜帰ってからはすぐに横になってしまうので、朝入ることにしていた。それで身体は動きだし、店まで行けたのだ。だから足のグーパーなんていらないと思っていた。だって血行は温めれば良くなるんでしょ?血液サラサラの薬だって飲んでる。だからグーパーはやっていない。でも。
この子は、今まで一度も、運動をしろ、リハビリをしろ、痩せろと言ったことがなかった。医者は人工股関節の寿命は十五年だと言っていた。十五年後はどうするつもりだったんだろう。私が最初の手術をした時、六十歳を過ぎていた。十五年後生きているかどうかなんてわからない、と私だって思った。医者もそう思っていただろうか。
当時同室だったみんなはどうしているのだろう。
みんな、って誰の事を指すのだろう。
「シュウさんは踵に乗っかって立ってるから。独楽みたいな感じだよ。独楽なんて回ってなくちゃ転がっちゃうぐらい不安定なのに、それをシュウさんはずっと立ったままやってたんだもん。並みの運動神経じゃないよ。すごい疲れるはずだし。
でももう、独楽の心棒に負担がかかり過ぎた。そろそろ別の方法も検討を、だよ。今までが悪かったわけじゃない。今日までこれたんだから。それはそれで良いと思う。でも今ピンチが来た。ピンチはチャンスでしょ?切り替えるいい機会だと思ってる。医者はもしかして、心棒を取り換えようとするかも。それも悪くないかもしれないし。
でも私はその心棒と地面との接地面を、点じゃなくて面にしたいと思う。その点はちょっとずつしか面になって行かないんだけど。
でも筋肉ってお金で買えないからね。私にもあげられない。自分でしか作れないんだもん。やってみようよ」
ね、と言うと彼女はほほ笑んだ。
私は彼女が何を言っているのかわからない。
マッサージの彼女は、今日はお見舞いだから料金は頂きません、じゃ、明後日の十六時にまた来まーす、と言って出て行った。
私はぼんやりと、脚の指先を動かしていた。