ペットロスという言葉があるけれど
ペットと言っても家族なので、亡くなれば寂しさは募ります。

でもその寂しさは無理に埋めないで良いんじゃないかと思う。

先日愛猫を亡くして、
「まだお皿を片付けれれない。もういないのに毎朝お水とご飯をあげてしまうの」
と施術ベッドで涙目になった人がいました。

気持はわかります。
自分にとって毎日やっていたことが、突然終わってしまったんです。
戸惑うし、もっとずっとやりたかった、とも思う。

それでも、終わったんだ、と受け止めることはとても大事です。

私も一緒に暮らしていた人を亡くした事もあるし
寂しさも知っています。

でも「向こうで元気にやってるか」と思うと
笑みが出たりする。


「結構こっちも楽しい」とか言ってるかもよ。

病の末に亡くなったのであれば
もう痛みも苦しさも無くて、やったぜ!と思っているかも。

自分が一緒に居れない寂しさは
『その時が来た』と思うのがいいんじゃないかな。
これまで一緒に居れたことは、ホントは奇跡だったのかも、とか。


「ヤダヤダ!ずっと一緒に居てくれなきゃヤダ!私が寂しいじゃない!」

(≧▽≦)やりたいけどね。

でも自分もその立場になる日は必ず来ます。
誰かを置いて、行かなければいけない日が。

寂しいのは嫌だから、何か別の物で紛らわせたくなるけれど
代わりなんていないからね。
代わりになんてならないからね。

なんて昨日は、整体をしながら厳しい話をしてました。
でも受け止めないと、その背中の張りは取れません。

背中にこんなの貼り付いてるの?

成仏させてあげようよ(≧▽≦)

私の妄想だけど、死んだあとは忙しいんじゃないかと思うですよね。
だから「こっちの事は気にせず、先に進んで」と言ってあげたいな、と思っています。


年をとっても好きだけど、本人は子猫になりたいと思っているかもしれないし。

寂しさは埋めるものではなくて
受け止めるものですよ、と言う話でした。

これは『オンライン整体』ですることはありません。
施術を受けながら、身体が緩んで行くのを感じながら
聞く話だと思う。

そうでないと聞けないよ(≧▽≦)




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