独り言を言われてなんぼ

 相手に質問すればなんでも答えてくれる訳ではありません。何もしゃべらず、寝かせて欲しい人もいます。それを踏まえるために、観察は大事です。整体院を訪れる人は不調があってやってきます。おしゃべりをするためだけに来ているのではありません。
それでも「なんか、疲れちゃって」と苦笑いされたら、最高です。私もどこかで施術を受けるときに、言いたい。言いたいですよ。疲れた、って。言葉を変えると「だるい」ということかもしれません。だるいですよ、生きるって。
独り言は心の声です。誰にだって感情はあります。我慢してるけど嫌だと思っている事、そこに気持ちを込められないでふさいでいる事。答えや改善案なんていらないんです。疲れたものは疲れた、それだけです。

私のお店に来る人で、九十分ずっと喋りっぱなしの人がいます。私の返答は必要なく、会話ではありません。それでもその九十分の間、自分に起きた出来事を話さないと背中は緩みません。別に躁という訳でもありません。彼女にとっては、誰かが聞いている状況で口に出して話す、という事で自分の中で整理が付きます。私は悪くない、あの人がおかしい、という事も話します。私はそれでいいと思っています。長い独り言です。
友達に話せば「あの人怖い」と言って距離を置かれるかもしれません。
家族に言えば「うるさい」と言われるかもしれません。
気持ちを抑え込んでいれば、認知症になった時に解放され、暴言を吐くようになった、と言われます。
暴言なんて、普段からちょこちょこ吐けばいいと思います。吐かないでいるのは、受け入れてもらえないと思うからです。嫌われるのが怖いからです。それは防衛本能として、交感神経を緊張させます。ほぐれないコリの出来上がりです。
それがやれる場所は、整体院の他にないのですよ。
私からすると、彼女の状況・感情の変化・環境がわかって助かるくらいです。ここでは、良い人ぶらず、周りの目も気にせず、何でも口に出していい、と思われることは誉です。だから私は小さな部屋で一人で整体院をやっています。王様の耳はロバの耳、と叫んで欲しいんです。それができないと緩まないから。

整体師は色んな気持ちを聞くのも仕事だと思っています。