災害時に思う事

台風15号が関東に上陸し、想像以上の被害に驚き悲しみ疲弊した人が沢山います。
1日しか停電を体験しなかった私ですら驚愕の体験でした。

●東日本大震災
 2011年3月11日、東日本を中心に未曾有と言われる地震が起きました。何よりも津波の怖さを知りました。私が暮らす横浜では津波による被害はありませんでしたが、様々な生活が止まり混乱の時期だったのを覚えています。商店街や地下鉄のシャッターは下り、節電のためみんな灯りを控えました。飲食店はキャンセルが相次ぎ、外国の人は国に帰り、通りから人が消えました。建物が倒壊した、怪我人が多数出た、人が流された、避難所で生活をしている、という訳ではありません。それでも多くの人が不安を抱え、自宅待機をしました。
そんな中、私の整体院は地震の翌日から予約が立て続いたのです。
会社のある東京から歩いて帰宅して足がパンパンだったり、夜中にまた揺れるんじゃないかと不安で眠れていなかったり。内容は様々でしたが、みなが抱えていたのは『動揺』でした。
怖かった、その時何をしていた、高いビルがコンニャクの様に揺れた。日常と違う事が起きて、いつも目にしない物を見て、興奮と失意と安否確認と不安を、共有しに来ていたのだと思います。動揺は感情に繋がり、神経を尖らせます。
保育園に子供を預けられない、自宅待機の旦那さんが三食家でご飯を食べる、ヨーグルトが何処にも売っていない。被災した方々からすれば、なんだそれくらい! と怒られそうですが、これもまた震災の影響で起きる心理的症状だと思います。様々な訴えには、いつもの生活ができないストレスと、こんな時なんだから我慢しなくてはという思いとが、ごちゃまぜでした。
怪我もしていない、家で暮らせている、ボランティアに行くほど動けない、何をすればいいのかわからない。
現地に向かったり、救援物資を用意したり、実際に動けた人はまだ良かったと思います。でも動けない人も沢山いました。胸を痛めながらも言い訳ばかりする自分に、嫌気がさしている人もいました。何もできない、と感じることはとても辛いものです。何でもできるのに動けない自分と向き合うのは辛いものです。誰に言うでもない言い訳が次から次へ浮かんでいます。
私はその人たちの背中をさすり、大丈夫だよ、と言い続けました。ひとつでも『いつもの日常』があることが『動揺』が渦巻いているときには大事でした。動揺している人に整体師のいつもの日常を見せます。相手の身体の変化についてもお互いに確認し合います。
膝も痛くないね、立てるね、歩けるね、もしまた揺れたらこうしようね、大丈夫、と声をかけます。引きこもりそうな人には連絡も入れます。
もし自分のいる場所で大きな災害が起きたら。避難所生活になったら。
もっと動揺や失意やストレスは大きいでしょう。それを一つ一つ鎮めて、背中をさすって歩くのが整体師だと思います。
あなたはあの時、何をし、何を思いましたか?