満月前夜

ママが浮かない顔をしている。

良くあることだから
ぼくはいつものように声をかける。
どうしたの、って。
いつだって外の世界は色々なことが起きてるんでしょ?
いいよ。聞いてあげる。

ぼくはママの膝に乗った。

「なんとか年末を乗り越えた人が
 もうほんとに、厳しい状況になっていまして。
 三月にひざの手術をすることを決めて来た、って」

ママはガクリと肩を落とす。

その人は両股関節を手術していて
外反母趾で腰も痛い人だった。

「満身創痍もいいとこなんだけど
 死ぬ気でお店に立ち続けてるからさ。
 でもテーピングは痒くなっちゃうから嫌だ、
 三本足靴下は自分で脱ぎ着できない、
 骨盤ベルトも嫌だ、
 うつぶせの施術はできない、
 横向きでやってても十分で脚が痛くなる、
 ってもうこれ以上どうすればいいの、って思うよ。
 でもその膝の手術は必要ない事なんじゃないか、って。
 手術をしたら、もうお店に戻れないと思う。
 お店に立つことが、生きがいなのに」

ママは胃をおさえた。

「いったい、どこだったんだろう。
 いつだったらこの道を歩かずにすんだんだろう。
 いまから何をすればどこまで行けるんだろう。
 わからないのか、やってないのか、逃げているのか、
 私の力不足です、無念です、でいいのか
 あとはお医者さんにお任せ、でいいのか
 とかグルグル考えてたら
 書いてよ、それ読みたい、って言われて」

へ?なにそれ。

「その葛藤をドキュメントとして
 現在の事実として書いてみな、って。
 あなたが知っていることは
 あなたにしか書けない、って。
 今現在困っている人だけじゃなくて 
 後世に残すつもりで
 自分も血を流す覚悟で書いてみな、って。
 でももし書けたとして、
 後世の人が同じ道をたどらなくて済んだとして
 じゃぁ今困っている人は礎になっちゃうの?」

ママがぼくを見つめる。

そこは、ママ次第じゃないかな。

ぼくもママを見つめ返した。


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