死に場所がない時代

「えー。トラちゃん風邪薬飲めば?」

パパは困った顔してママに言う。
小さく砕いてあげてさ、って。

「風邪じゃないよ。ご飯も食べれてるし。
 肺だと思う。
 じゃ、手術します、ってなっても
 トラちゃんお爺ちゃんだし」

ママも困った顔をする。

でもここで死なれたら困るし、ってパパはつぶやいた。

「あたしはさ、呼吸の音がうるさいからって理由で
 トラちゃんに負担をかけるのも
 追いやるのも嫌よ。
 トラちゃんが辛いです、治りたいです、って言うなら
 考えるけど、そんな感じもしないのよ。
 結構ケロっとしてない?
 自分が歳とってさ
 息吸うときに音が出てたとして
 でもそれ以外特に具合も悪くなくて
 ただ寝かせて欲しいって思ってるのに
 やれ治療だ、入院だ
 汚い・うるさい・あっち行け
 とか言われたらどうする?
 悲しくない?
 ここで死なれたら、何が困るの?」

ママはパパを見つめる。
パパはすっかり黙ってしまう。

ぼくも居住まいを正す。
ここで死なれたら困る、って言われて
本当に困るのは、トラちゃんだ。

「トラちゃんだって、本当はゆっくり眠る場所が欲しいんだと思う。
 でももうないじゃない、この辺。
 あたしたちが引っ越してきたときに空き地だった場所に
 どんどん家も建ってる。
 こっそり森に入って死にたいと思っても
 その場所がないんだよ。
 人間だってその内そうなる。
 家で死ねない、病院で死ねない、施設で死ねないってなったら
 どこで死ねばいいんだろうね。
 トラちゃんがうちの庭を死に場所に選んだとするなら
 それは光栄なことかも。
 ここは安心して死ねる、って思ったって事でしょ?」

ママは凛と顔を上げる。

ばぁちゃんもそうしたんだよね。
ぼくは思い出す。

ママは死を受け入れる。
デッカチャンも鯉ちゃんも
ちーちゃんもばぁちゃんも
先日交代した車も
みんな写真になって飾られている。

「トラちゃんがウッドデッキの上で死んだら
 あたしが動物霊園に連れて行って骨にしてあげるから。
 そうしたらご近所の方々も何も言わないんじゃないかな。
 うちでシッシッってやって
 隣に移動しして
 そこでシッシッってされたら
 トラちゃん、どこに行けばいいのよ。
 うちで死ぬって、トラちゃんが決めたんなら
 あたしは受けとめる」

そんなママの声が聞こえているのかどうかわからないけど
トラちゃんは、ひゅー、ひゅー、って鳴らしながら
ゆっくり息をしていた。


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