夕焼け

もうずいぶん前から
ばぁちゃんが布団に入ったら
ママは色々質問する、ってことをしてた。

「暑くない?
 寒くない?
 お水のむ?
 痛くない?
 苦しくない?」

最初のころは、ばぁちゃんも
「暑くない
 寒くない
 飲む
 痛くない
 苦しくない」
って答えてたけど
だんだん声に出さないで
顔を横に振ったり
うなずいたりして答えるようになって行った。

そして最近は
瞼を閉じたり開けたり
で、返事をしてる。

「いや、喋れるけど、めんどくさいんじゃない?
 あれ?結構ママとばぁちゃん、喋ってない?」
ってママは言ってたけど
それはぼくと話してるときみたいなことで
音にはなってないみたいよ
って伝えると
えぇ!そうなの?
って動揺してた。

つい1週間前、ばぁちゃんは痰が喉に詰まり
鬼の形相になって
ママは吸引器をばぁちゃんの喉に突っ込み
必死で痰を吸った。
部屋は電気がビリビリと走り
「そんな顔して死ぬなんて許さないからなっ!
 眠るように死ぬんだろっ!」
ってママは叫んだ。

ぼくは、息を吸い込むしかできない。

5日前、パパは
「よし、ステーキ焼こう」
って言いだして
ママがばぁちゃんに確認すると
ばぁちゃんは目をパッチリ開けて
食べる~
とうなずいた。
パパは小さく切り分けた、焼き立ての肉を
ばぁちゃんの口に運ぶ。
一切れ分、丸まる完食し
特大の笑顔で
「ありがとう。ごちそうさまでした」
ってばぁちゃんは頭を下げた。

ぼくは、息を吸い込むしかできない。

3日前、ばぁちゃんは枕元にパパを呼んで、って
ママに頼んで
「あなたのお陰でここまで来ることができました。
 ありがとう。
 死んだらあなたの守護霊になります」
って宣言した。
パパは、いやいや、そんな、って
照れてたけど
ママは
あたしじゃないのかよ!
って突っ込んでた。

ぼくは、息を吸い込むしかできない。

でも、十日前
ママとばぁちゃんは和室で
二人でビールを飲みながら話してた。
「横浜においで、って言ってくれてありがとう」
ってばぁちゃんは笑顔で涙を流し
「正直、大変じゃなかったって言ったら
 嘘になるけど
 あたしにはこれしか選べなかったし
 やって良かったって思ってる」
ってママも笑って涙を流した。
そして
「楽しかったね。いつか、またね」
ってビール片手に
かんぱーい、とか言って
二人で笑ってた。

そして、ぼくも一緒に笑った。
ばぁちゃん、いつか、またね、って。

もうすぐ試合が、終わる。
全力なのにスローモーションのように過ぎていく。
ばぁちゃんの試合は、逆転サヨナラホームランだ、とぼくは思った。
あの日、一緒に見た甲子園の試合の様に。

ぼくは、自分の呼吸音しか聞こえない。

ここ数日、お医者さんだったり看護師さんだったり
ママのお兄さんだったりお姉さんだったり
ばぁちゃんの妹たちだったり
色んな人が来た気がしたけど
ぼくは、自分の呼吸音しか聞こえない。

1月終わりの夕焼けがリビングを真っ赤に染める。

なんどもばぁちゃんと見ていた夕日。
夏から秋へ、そして冬へ。
ずっと一緒に見て来た。

こーのみ
こーのみ
ってぼくを呼ぶばぁちゃん。

隣の部屋から、電流がビリビリ流れてくる。
もうすぐ、ママが叫ぶんだ。

「痛く、ないか!?
 苦しく、ないか!?」

ママがばぁちゃんの体をさする音。

「痛く、なかったかっっ!?
 苦しく、なかったかっっ!!?」

絶叫に近い、振動がリビングに轟く。

ばぁちゃん。
できた?
生きたいように、生き切った?

ぼくは目を細め、
夕焼けを全身に浴びた。


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