助けた人はもっと多い

「人が1人死んで、それは思いもよらない事故で
 でもその事故に遭わないようにすることはできたんじゃないかと
 心を痛めた人がいて
 自分が殺したんだと思っていて
 大きな十字架を背負ってしまった友人を
 見ているのは胸が痛いものだ」

ママが目を細めてぼくを突っつく。

ぼくも話を聞いて胸が痛いくらいだから
ママはもっとで、そのお友達はもっとだと思う。
そして亡くなった人もママの友人だった。
非常に複雑な相関図。

さらにはお友達は、頑張ってやって来た仕事を一時休むことにしたらしい。

「休む必要はないと思うんだよ。
 彼女のお陰で多くの人が前を向けたんだから。
 でもたった1人を忘れないために選んだ道なのか、とか
 その人らしい、とか
 長く仕事をしていれば通る道かもしれないし、
 私も多少なり通ったことがある道だし
 通らせたくない道だけれど
 通ってしまったのなら
 あとは周りは、支えていくだけなんだよなぁ」

時間薬が一番辛い、とママはこぼす。

ぼくも言葉に詰まるほど、答えは見えない。
答えなんてない道を通るのは
目隠しをして歩くくらい不安だと思う。

今はまだ、ショックから立ち上がるのに精いっぱいかもしれないけど
立ち上がった時に、どれだけ多くの人が周りに居たか
実感するのかもしれない。

その時に初めて、自分がこれまで助けてきた人を思い出すのかも。
お友達が助けた人は、物凄い沢山いる。
今は見えなくなってしまっていても。

ママもばぁちゃんが死んだとき、そうだったように。

あの時、ぼくはそばに居ることしかできなかったけど
それがママの日常の回復に役立ったような気もする。

どれが正解かなんてわからないけど。

ぼくがぼくなりにやったことを
ママもお友達にするんだろうな。

それしかできないし、それで良いんだと思う。


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