くんくん
なにやら香しい。
今までぼくが嗅いだことのない匂いがする。
それは香ばしく、温かく、元気が出てくる匂いだった。
ママがキッチンでごそごそしている。
ママはパパに合わせてお店の休みを増やしたのに
パパの職場では定年で辞めたり、新しく入ったりする人のお陰で
パパの休みはクルクル動き、
2人で一緒の休みは1日だけになった。
「まったくさー。
こっちだってお客さんの都合もあるんだから
そんなに合わせてられないのよね。
合わせた途端、ずれるんだから。
もう知らない」
ママは月・水で休んでいたところを
火・水で連休にしたのに
パパは月・火、だったり
月・木、だったり
ぼくも覚えていられないくらい、変わっていった。
で、ママ、これは何の匂い?
「ふふふ。
じゃじゃん!
パンを焼いていました!」
おぉ~
ぼくも食べられる?
「うーん。残念!
なーちゃんはダメ」
だろうと思った。
いいよいいよ。匂いだけで、充分。
「それなのよ。
パンが焼ける匂いって、いいでしょ?
深呼吸したくならない?
これをママのお店でできないかなー、って。
アロマの香りより、パンが焼ける匂いがいいな、と思って。
でもなかなか手が離せないのね、パンって。
時間もかかるし、食パンじゃなきゃ、中身も考えなきゃいけないし」
うーん、とママは腕を組んでいる。
まぁ、でも。
ママ、時間で来たんでしょ?
ゆっくり考えなよ。
お家でやってくれると、ぼくも匂いかげて嬉しいし。
「そう?
じゃ、なーちゃんのための特別なパン屋になろうかな」
そしてママは
出来立てのパンにかぶりついた。